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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3464号 判決 1998年9月18日

香川県仲多度郡多度津町本通三丁目一番五九号

原告

財団法人少林寺拳法連盟

右代表者理事

鈴木義孝

右訴訟代理人弁護士

小野昌延

南逸郎

斎藤方秀

木村修治

大分県大分市大字小池原一五八五番地の一五

被告

植木新一

右訴訟代理人弁護士

佃俊彦

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告が後記のとおり郵便物を送付するなどした行為が、不正競争防止法二条一項一一号の定める不正競争行為ないし不法行為に該当すると主張して、原告が、被告に対し、損害賠償金の支払いを請求した事件である。

二  争点

1  被告の行為

(一) 原告の主張

被告は、「少林寺拳法」なる表示ないし名称が、社団法人連盟及び原告の事業表示として全国的に周知されていることを知りながら、社団法人連盟及び原告の信用を毀損し、その業務を妨害しようと企て、次の(1)、(2)のとおりの行為を行った。

(1) 被告は、表に、発信者名として、社団法人連盟固有の周知表示である「少林寺拳法」に類似する「正統少林寺拳法振興会」なる名称を使用し、その名称の直近上部に、「少林寺拳法は普通名称です。空手、剣道と同じで誰が使用してもかまいません。」と事実に反する記載をした封筒(以下「本件封筒」という。)を作成し、本件封筒に、「少林寺拳法宗由貴派 武道会の豊田商事事件に発展か拳士の積立金、元利およそ一〇億円の行方は」と大書きした見出しの下に、「少林寺拳法は香川県(社団)日本少林寺拳法連盟の固有名詞か?」などと社団法人連盟の名誉ないし信用を毀損する趣旨の事項を多数列記したうえ、これら数々の疑問に答えてくれる会員制情報誌を年会費一万円で販売する旨のパンフレット(以下「本件パンフレット」という。)及び右年会費送金用の加入者名を「少林寺」とする「郵便払込通知票・払込票」を封入し、平成三年一二月中旬ころ、東京都練馬区石神井台所在の石神井郵便局を通じて、多数の者に対し、右封筒を一斉に発送した。

(2) 被告は、本件パンフレットに記載の要領に従って年会費の名目で購読料一万円を支払った者に対し、平成四年一月以降、東京練馬関町郵便局を通じて、「最高裁判所判決文」と題する小冊子(以下「本件小冊子」という。)を送付した。本件小冊子は、上告人社団法人連盟、被上告人種川亀六(以下「種川」という。)間の訴訟(以下「第一次種川訴訟」という。)の上告審(最高裁判所昭和五九年(オ)第七七〇号事件)において、最高裁判所が上告棄却の判決を言い渡した体裁が採られているものの、右判決に添付された上告理由として、別紙「変造に係る最高裁判決書の上告理由」記載の上告理由(以下「本件上告理由」という。)が添付されており、右上告理由は、実際の上告理由とは全く異なり、社団法人連盟ないしは原告の名誉、信用を著しく毀損する内容のものに変造されたものであった。

(二) 被告の認否・反論

冒頭の事実は否認する。

(1)のうち、本件封筒に「少林寺拳法は普通名称です。空手、剣道と同じで誰が使用してもかまいません。」との記載があることは認め、その余の事実は否認する。被告は、本件封筒の作成及び送付には関与していない。

(2)のうち、本件小冊子が、第一次種川訴訟における上告人社団法人連盟、被上告人種川間の最高裁判所昭和五九年(オ)第七七〇号事件の判決全文と上告人種川、被上告人社団法人連盟間の最高裁判所昭和五九年(オ)第七七一号事件の上告理由の一部をあわせたものであることは認め、その余の事実は否認する。なお、被告が郵送したのは、本件小冊子ではなく、最高裁判所昭和五九年(オ)第七七〇号事件の判決全文及び最高裁判所昭和五九年(オ)第七七一号事件の上告理由全文を合わせた文書であり、変造に該当しない。また、被告が右文書を送ったのは、五、六人である。

2  不正競争行為の成否

(一) 原告の主張

(1) 「少林寺拳法」は、創始者である宗道臣(以下「宗」という。)が中国で学んだ各種の拳技を日本の風土にあうように整理再編したもので、宗自らこれを「少林寺拳法」と名付けたものである。宗は、少林寺拳法の普及、発展に努め、昭和三八年一〇月二一日に社団法人連盟が設立され、宗が個人事業として行っていた少林寺拳法の普及事業をそのまま承継した。社団法人連盟は、平成三年一二月一四日解散し、原生、は、平成四年一月一三日、社団法人連盟の有する「少林寺拳法」などの諸表示に関する権利、少林寺拳法普及に関する事業等をすべて承継した。したがって、「少林寺拳法」なる名称は、社団法人連盟及び原告という特定団体の事業表示として特別顕著性ないし自他識別力を備えており、社団法人連盟及び原告の固有の名称になっている。

そして、原告は、北は北海道から南は沖縄まで二八五〇をはるかに越える支部を設立し、登録会員一三〇万人を擁して、少林寺拳法の普及活動を盛大に展開しており、傘下に都道府県の連盟組織が結成されて、積極的に活動している状況にあり、「少林寺拳法」なる名称は、社団法人連盟及び原告に固有の事業表示として、既に周知かつ著名な表示になっている。

(2) 本件封筒に記載された「少林寺拳法は普通名称です。空手、剣道と同じで誰が使用してもかまいません。」という表記は虚偽の事実であり、被告の前記1(一)(1)のような虚偽事実の流布は、社団法人連盟の信用を害し、社団法人連盟の名誉を傷つけると共に、内部外部に混乱を生じせしめんとするものであるばかりか、社団法人連盟の右周知表示を普通名称化せしめるおそれのある計画的悪質な行為である。

また、被告は、第一次種川訴訟の下級審において、少林寺拳法等の周知性、及び名称使用に関する基本的な権原が認められたうえ、最終的には双方の上告が棄却されているにもかかわらず、殊更、種川の敗訴部分に関する上告棄却の判決を隠した本件小冊子を郵送することにより、社団法人連盟が、第一次種川訴訟において一方的に敗訴したと虚偽の事実を拡布した。更に、本件小冊子に実際の上告理由とは異なる本件上告理由を添付し、最高裁判所が本件上告理由記載の上告理由を採用して、社団法人連盟が全面的に敗訴したとの虚偽の事実を拡布した。その結果、本件小冊子を読んだ者に、社団法人連盟及び原告には「少林寺拳法」の名称を使用する根拠がないにもかかわらず、アンフェアーに詐称しているだけであるといった誤解を生じさせ、平成四年一月九日までは社団法人連盟の、翌一〇日以降は原告の信用を侵害した。

よって、前記1(一)(1)及び(2)の行為は、不正競争防止法二条一項一一号の定める不正競争行為に該当する。

(二) 被告の認否・反論

(1)のうち、昭和三八年一〇月二一日に社団法人連盟が設立されたこと、社団法人連盟が解散したことは認め、「少林寺拳法」は、宗が中国の拳技を整理再編したもので、宗自らこれを「少林寺拳法」と名付けたものであるということは否認し、「少林寺拳法」が社団法人連盟及び原告の固有の名称であること、社団法人連盟及び原告固有の事業表示として全国的に著名であることは争い、その余の事実は知らない。

(2)のうち、本件封筒に原告主張のような記載があること、第一次種川訴訟において、「少林寺拳法」、「少林寺拳法道院」なる名称に周知性が認定されたこと、双方の上告が棄却されたことは認め、その余の事実は否認する。

日本では、古くから中国崇山少林寺で発達した武術を「少林寺拳法」と呼んでおり、「少林寺拳法」は普通名称あるいは慣用表示である。

3  不法行為の成否

(一) 原告の主張

被告は、前記1(一)(1)及び(2)のとおり虚偽の事実を流布し、もって、社団法人連盟ないしは原告の信用を侵害した。

よって、被告の行為は、不法行為(民法七〇九条、七一〇条)に該当する。

(二) 被告の認否

原告の主張は否認し争う。

4  損害額

(一) 原告の主張

社団法人連盟及び原告は、被告の前記1(一)(1)及び(2)の行為により信用を毀損され、業務の妨害を受けた。右1(一)(1)の行為により社団法人連盟が被った無形損害を金銭的に評価すれば二〇〇万円が相当であり、右1(一)(2)の行為により被った無形損害を金銭的に評価すれば、社団法人連盟については五〇万円、原告については五〇万円が相当である。

原告は、平成四年一月一三日、社団法人連盟の被告に対する右合計二五〇万円の損害賠償請求債権を承継した。

(二) 被告の反論

原告の主張は争う。

社団法人連盟及び原告は法人であり、精神的苦痛による損害はなく、慰藉料の請求はできない。仮に法人の無形損害が認められるとしても、極めて例外的であり、無形損害の内容が具体的で金銭評価が可能なものであり、しかもその評価だけの金銭を支払うことが社会通念上至当と認められるものでなければならないところ、社団法人連盟及び原告がそのような意味で損害を被ったものとはいえない。

更に、社団法人連盟の無形損害が認められるとしても、これは社団法人連盟固有の無形損害であり、一身専属的損害であるので、その無形損害を私人間の契約で承継させることはできない。したがって、社団法人連盟に対する行為につき、原告が損害賠償請求権を行使することはできない。

5  訴権濫用、本件訴訟の不当性

(一) 被告の主張

「少林寺」の名称を使用している者は多数いるのにもかかわらず、本件訴訟は被告を狙い撃ちにした不当訴訟であり、訴権の濫用に該当する。また、原告が被告に対してのみ本件訴訟を提起したのは、被告が指摘した原告の運営上の問題点が世間に知られることをおそれ、被告の経済的破壊を目的としたものであり、本件訴訟はその目的において不当である。

(二) 原告の反論

被告の主張は争う。

第三  判断

一  争点1(被告の行為)について

1  甲五ないし一二、一七、四八、四九、五〇、五一、五四、六一、七一、七三、七四、乙一〇(枝番号の表示は省略した、以下同じ。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、これを覆す証拠はない。

(一) 被告は、平成三年一二月一七日ころから年末ころにかけて、社団法人連盟の門下生等約五〇名に宛てて、以下のような本件パンフレット及び郵便払込通知書が同封された郵便物(本件封筒)を送付した(以下「被告行為(一)」という場合がある。)。

本件封筒の表の下方には、発信者名として「正統少林寺拳法振興会」という名称、発信住所として「東京都関町南2-30-5」(練馬区の表示は漏れている。)、右名称の直近上部に「少林寺拳法は普通名称です。空手、剣道と同じで誰が使用してもかまいません。」との記載がある。なお、右郵便物は、石神井郵便局扱いである。また、本件パンフレットには、冒頭に横書きで「少林寺拳法宗由貴派 武道会の豊田商事事件に発展か 拳士の積立金、元利およそ10億円の行方は」と大書きした見出しの下に、「宗道臣君は戦前中国へ行った事があるか?」「宗君直筆の八光流の入門願書は何を意味するか?」「少林寺拳法の技は誰れが考えたのか?」「宗君は本当に教範を自分で書いたのか?」「少林寺拳法は香川県(社団)日本少林寺拳法連盟の固有名詞か?」「公務員がこの活動の責任者になることは法律にはふれないか?」と列記され、その下に「以上数々の疑問に答えてくれる会員制情報誌 年会費10,000円」との記載があり、パンフレットの下部右側には、矩形の枠の中に判決文の表紙のような体裁で「原告・金剛禅少林寺拳法 最高裁判所判決文 昭和六〇年一一月一四日」との記載がある。なお、郵便払込通知書・払込票には、あらかじめ口座番号欄に「東京8-559043」、加入者名欄に「少林寺」と記入されていた。

(二) 被告は、所定の金員を振り込んだ社団法人連盟の門下生等に対し、以下のような本件小冊子等が同封された郵便物を送付した(以下「被告行為(二)」という場合がある。)。

本件小冊子は、表紙に「原告・金剛禅少林寺拳法 最高裁判所判決文昭和六〇年一一月一四日」との記載があり、右記載は、本件パンフレットの下部右側に書かれているものと同じである。そして、表紙の次に、上告人社団法人連盟、被上告人種川間の最高裁判所昭和五九年(オ)第七七〇号事件(第一次種川訴訟)の判決書きの本体部分が綴られ、その次に、頭書きはないが上告理由らしき体裁の本件上告理由が綴られている。

(三) 次に、被告と原告、社団法人連盟との間の関係は、以下のとおりである。

被告は、昭和四〇年ころ、大学在籍中に社団法人連盟に入門し、平成四年三月当時は、原告の大分明野・大分向陽両支部の支部長及び大分県少林寺拳法連盟理事長を務めていた。ところが、被告が、規約等の作成を怠ったり、入門者に対する指導や昇段試験について、原告が指導していた方針に従わずに、独自の方法で行ったりしたことがあったため、これらの点に関して、原告から被告に対し、是正指導が行われたものの、被告がこれに従わず、また、被告が、報告義務や入門者の登録手続を怠ったり、国際拳法連盟の名前で允可状を出していたことが発覚したことから、原告は、理事会において、平成四年三月二二日付で、被告に対し、除名処分、大分明野・大分向陽両支部長職の解任処分、日本文理大学・大分大学両支部監督職の解任処分等を決議した。

その後、被告は、右処分後の平成四年四月一二日、国際拳法連盟大分県拳法連盟を発足させ、独自の活動を行っている。

2  なお、被告は、右(一)、(二)の各行為をしていない旨主張する。

しかし、甲五一、五二、五四、五五、七一、七四、乙一二によれば、平成三年暮れころ、被告は、知人である上平恵美子に依頼して、同年一二月四日、「少林寺代表上平恵美子」の名義で郵便局に口座を開設したこと(なお、平成四年六月五日、右口座を閉鎖した。)、本件封筒に同封されていた郵便払込通知書・払込票に記入されていた口座番号は、いずれも、上平恵美子が被告の依頼を受けて開設した右口座の番号であったこと、原告の後援者や門下生に送付された「国際拳法連盟、大分県拳法連盟」名義の郵便物には、本件小冊子と同じ内容の小冊子が同封されていたこと、「国際拳法連盟、大分県拳法連盟」は、被告が発足させた団体であるが、右郵便物の差出人の所在地は、前記大分向陽支部の所在地と同じであること等の各事実が認められ、右認定した事実、及び、前記(三)において認定した事実経緯に照らすならば、前記(一)、(二)の行為をしたのは被告であると認定することができる。

二  争点2(不正競争行為の成否)について

1  前記認定事実及び甲一四、二〇ないし二六、二七ないし三一、四〇、五四、五六、五七、五九、七三、乙四、五、九、一〇、一七、一八、二〇、二一、四四によれば、次のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 宗は、中国で拳法を学び、そこで学んだ数々の拳法を総合整理して新たな拳技を完成させ、これを「少林寺拳法」と名付け、昭和二二年ころ、日本正統北派少林寺拳法会という任意団体を設立し、少林寺拳法の普及活動を始めた。昭和二六年、宗教法人金剛禅総本山少林寺を開基して管長となり、昭和二七年、全日本少林寺拳法連盟を設立して会長に就任した。なお、昭和二五年には、宗と少林寺拳法をモデルとした小説「風流あじろ笠」が大阪新聞に連載され、また、昭和三四年ころには、少林寺拳法を題材とした映画も上映されたこともあった。

(二) 宗は、昭和三八年一〇月二一日、少林寺拳法を研究、練磨し、その普及発展を図ること等を目的として社団法人連盟を設立して会長に就任した(日本正統北派少林寺拳法会は、発展的に解消した。)。社団法人連盟は、香川県仲多度郡に本部事務所を置くほか、全国に、大学、高校等のクラブ、会社関係の実業団のクラブ、自衛隊のクラブ、一般の道場などの支部を設置し、世界各地にも支部を設置していた。そして、四年に一度少林寺拳法国際大会を開催するほか、毎年全国大会も開催し、社団法人連盟の各支部や傘下の都道府県単位の少林寺拳法連盟においても全国各地で地方大会等を行った。そして、少林寺拳法は社団法人連盟とともに、新聞、雑誌やテレビ等のマスコミにもたびたび取り上げられ、紹介されることがあった。

また、社団法人連盟は、多数の都道府県及び市町村の体育協会に加盟してきたほか、平成二年八月三一日には、日本体育協会への正式加盟を承認された。

(三) 原告は、少林寺拳法の普及、振興を図ること等を目的として平成四年一月一〇日設立され、社団法人連盟が平成三年一二月一四日解散したことに伴い、平成四年一月一三日、社団法人連盟の有する「少林寺拳法」などの諸表示に関する権利、少林寺拳法普及に関する事業等をすべて承継した。そして、前記社団法人連盟の支部もすべて引き継いで少林寺拳法の普及活動を行っており、社団法人連盟の下で行われていた前記大会等も、原告が引き継いで行っている。

2  以上のとおり、社団法人連盟は、自己の普及する拳法を「少林寺拳法」と称し、その営業においても、「少林寺拳法」又はこれを含む名称を使用していたことから、「少林寺拳法」は、社団法人連盟の営業表示であること、及び、平成三年には既に社団法人連盟の営業表示として周知であったことが認められる。そして、前記のとおり、原告が社団法人連盟の事業を引き継ぎ、社団法人連盟と同様にその営業において「少林寺拳法」の名称を使用してきていることから、右名称は、原告設立後は原告の営業表示であり、かつ、原告設立当時から原告の営業表示として周知であったと認められる。

もっとも、宗の著書などには、少林寺拳法は、中国河南省の少林寺を源として昔からあった拳法であるとか、既に鎌倉時代に日本に伝えられた拳法であるという趣旨の記載がある(乙四ないし六、一七ないし一九、二一)。確かに、中国には、昔から、少林寺を源とした拳法が存在し、日本にも伝えられていたことは認められるものの、前記認定事実によると、宗が普及活動を行った拳法は中国で学んだ拳法を再編成した独自の拳法であって、これを宗は少林寺拳法と名付け、それ以来、我が国においては、少林寺拳法とは宗が創案した右拳法を指し示してきたものと認められることからすると、「少林寺拳法」は特定の営業表示として自他識別力を有していると解するのが相当であり、前記の判断に消長を来さない。

3  被告行為(一)について

被告は、平成四年三月二二日までは、社団法人連盟ないしは原告の大分明野・大分向陽両支部の支部長及び大分県少林寺拳法連盟理事長として、少林寺拳法の普及活動を行っており、同年四月からは国際拳法連盟大分支部の指導者として拳法の普及活動を行っているものであるから、被告は社団法人連盟及び原告と競争関係にあるといえる。そして、前記のとおり「少林寺拳法」は社団法人連盟の営業表示であると認められることから、本件封筒の表に記載された「少林寺拳法は普通名称です。空手、剣道と同じで誰が使用してもかまいません。」ということは、虚偽の事実ということになり、被告がこのような記載のある本件封筒を約五〇人の社団法人連盟の門下生等に郵送した行為(被告行為(一))は、虚偽の事実を流布する行為に該当すると解せられる。また、右のような虚偽の事実を流布することが、社団法人連盟の営業上の信用を害する行為であることは明らかである。

以上のとおり、被告行為(一)は、不正競争防止法二条一項一一号の定める不正競争行為に該当する。

4  被告行為(二)について

本件小冊子は、前記のとおり、第一次種川訴訟における上告人社団法人連盟、被上告人種川間の最高裁判所昭和五九年(オ)第七七〇号事件の上告棄却の判決書きの本体部分に続けて、本件上告理由を添付したものである。本件上告理由には、本来の判決に添付されている上告理由とは異なり、上告理由の表題がなく、その内容は、右上告事件の原判決に対し、種川が上告人となって上告した事件(最高裁判所昭和五九年(オ)第七七一号事件)の判決に添付されている上告理由の一部を抜粋したものであり、主に、<1>宗は「少林寺拳法」の名称を盗称した、<2>宗は、自己の著書の中に他人の著書を盗用したという、社団法人連盟を誹謗、中傷する趣旨が記載されている。

本件小冊子は、これを克明かつ子細に検討すれば、その体裁及び内容から、本件上告理由が、社団法人連盟の上告した前記七七〇号事件の判決書きに添付された上告理由とは異なるものであると正確に理解することができるが、一見すると、本件上告理由が、右事件の判決書きに添付されたものであって、社団法人連盟の上告が、右のような上告理由記載の主張が容れられた結果、棄却されたとの誤解を与える余地が十分にあるものということができる。そうすると、このような本件小冊子の送付行為は、本件上告理由記載の主張が容れられ、社団法人連盟が敗訴したという虚偽の事実を第三者に告知する行為に他ならない。また、右のような虚偽の事実を告知することは、相手方に、宗の拳法普及活動を引き継いでいる社団法人連盟や原告には、「少林寺拳法」の名称を使用する正当な根拠がないにもかかわらず、右名称を違法に使用しているかのような印象を与えるものであるから、右行為が、社団法人連盟及び原告の営業上の信用を害する行為に当たることは明らかである。

以上のとおり、被告行為(二)も、不正競争防止法二条一項一一号の定める不正競争行為に該当する。

三  争点4(損害額)について

社団法人連盟及び原告はいずれも法人であるところ、法人に対する無形損害についても金銭評価が可能な場合には損害賠償請求権が発生すると解するのが相当である。そして、被告行為(一)及び被告行為(二)はいずれも、前記のとおり、行為の性質及び内容に照らして、社団法人連盟ないしは原告の営業上の信用を害する行為であり、社団法人連盟ないし原告は、無形の損害を受けたものと認められる。本件封筒及び本件小冊子の内容、送付された部数、その他諸事情を総合すると、被告行為(一)及び(二)により、それぞれ社団法人連盟及び原告が受けた損害を金銭に評価すると金五〇万円が相当である(社団法人連盟につき金四〇万円、原告につき金一〇万円。なお、原告が社団法人連盟から事業の譲渡を受けた平成四年一月一三日よりも前に、本件小冊子が送付されたことを認めるに足りる証拠がないので、被告行為(二)によって社団法人連盟が損害を受けたことは認められない。)。

ところで、社団法人連盟の被告に対する損害賠償請求権は、前記のとおり、平成四年一月一三日、他の財産権とともに原告に譲渡されたと認められる。したがって、原告は被告に対し、合計五〇万円の損害賠償請求権を有することになる。

四  結論

その他、被告は、本件訴えの提起が訴権の濫用に当たる旨主張するが、本件全証拠によっても、右主張に沿った事実を認めることはできない。

以上のとおり、原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、主文の限度で理由がある。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 沖中康人)

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